2018年・読書の旅
*ネタバレ注意です。
初めに
皆さま、平成最後の年・2019年をいかがお過ごしでしょうか。わたしは引き伸ばしてきたモラトリアムがついに終了するという悲劇にさいなまれております。今朝も社会から排他される夢を見ました。助けてください。
さて今回は、週に一冊読み終えれたら上等、というレベルの遅読家である私が、2018年にちゃんと読み終えることができた本の、その概要と感想、面白さを列挙します。当該年は、薄い本を読んで数を稼いだりしてたので、去年よりはその数が増えています。ちなみにその年に読んだものは全部で44作品。書籍として単独に出版されたものは43冊でした(つまり、リストには雑誌に収録された短編などが含まれています)。
【面白さ】を以下の基準でランク付けします。
A. 最高程度に、語りたくなるくらい面白い。
B. 文句なしに面白い。
C. まあ面白い。読んで損はない。
D. 懸念もあるがよし。読み返すことはない。
E. 読むに費やした時間を少し後悔するレベル。お勧めはできない。
*評価は文学やものの価値について一切の知識を持たない素人の直感によるものであることをご考慮いただければ幸いです。また一部のものについては、「面白さ」という表現が相応しくないものがあり、それについては評価をしておりません。
それでは拙評をお楽しみください。
目次
1『土の中の子供』中村文則
2『職業としての政治』M.ヴェーバー,脇圭平 訳
4『静かな生活』大江健三郎
5『新しい文学のために』大江健三郎
6『象』カーヴァー,村上春樹訳
9「静かに、ねぇ、静かに」本谷有希子
13『車輪の下』ヘッセ,実吉捷郎 訳
14『愛について語るときに我々の語ること』カーヴァー,村上春樹 訳
15『日本的ナルシシズムの罪』堀有伸
18『暗夜行路』志賀直哉
19『月と六ペンス』モーム,行方昭夫訳
21『ねじまき鳥クロニクル 』村上春樹
22「三つの短い話」村上春樹
24『美しい星』三島由紀夫
26『斜陽』太宰治
27『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー,野崎孝 訳
30『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹
32『銀河ヒッチハイク・ガイド』 D.アダムス,風見潤 訳
35『コンプレックス』河合隼雄
37『ナショナリズムは悪なのか』茅野稔人
38「裏山の凄い猿」舞城王太郎
41『狭き門』ジッド,山内義雄 訳
42『ブギーポップは笑わない』上遠野浩平
43『グレート・ギャツビー』フィッツジェラルド,野崎考 訳
1『土の中の子供』中村文則
【面白さ・E】 2018年一本目は芥川賞作家・中村文則の当賞受賞作で、結構短いやつ。こどものころに虐待を受けていた主人公が、破滅衝動にさいなまれながらも、暗澹として思弁を続け道を探るという物語。メチャ暗いです。人間的にも物語的にも面白いシーンがなかったので、イマイチでした。片側が破滅の分水嶺を歩く物語なのにガールフレンド的な女の子が出てきて手を差し伸べてくれたりするので(『銃』もそうでした)個人的にはちょっと物足りない。
2『職業としての政治』M.ヴェーバー, 脇圭平 訳
【面白さ・C】 社会科学ではおなじみ、マックス・ヴェーバー(1864-1920)の代表的著作。歴史の流れの中で、「政治」を職業にする人々が現れたことについて述べた本です。「情熱と責任」とか「支配の三類型」とか有名なフレーズたびたび現れますが、わりと欧州の中世-近代の政治形態変遷についてマニアックに述べているところが長いので、私は内容の半分以上を理解できませんでした。
- 作者: マックスヴェーバー,Max Weber,脇圭平
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1980/03/17
- メディア: 文庫
- 購入: 36人 クリック: 647回
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【面白さ・B】 小説の神様こと志賀直哉(1889-1971)の短編集です。「城の崎にて」は高校の教科書で読んだひとも多いのではないでしょうか。やや古めの文章(あたりまえですが)で、それでも読ませるのはさすがといった感じです。短く切り上げたような文章の連続が、ちょっとむかしの日本の情景を浮かばせてくれる、読むことそのものが楽しい小説集でした。おすすめは、言うことをきかない女中と主人が喧嘩する話「流行感冒」と醜男と美人の恋愛をユーモラスに描く「赤西蠣太」、そして表題作の「城の崎にて」です。
4『静かな生活』大江健三郎
【面白さ・B】 こちらもおなじみノーベル賞作家の大江健三郎の短編集です。大江の、知的障害を持つ息子「イーヨー」を中心にその一家の暮らしを描いた作品群です。知的障害者のある世界が生み出すさまざまな「あやうさ」と、決して単なる被庇護者ではない、一個の人間としてイーヨーが垣間見せる姿が、美しい物語のなかに描かれています。タイトルは忘れましたが、痴漢が出てくる話が面白いです。オススメです。
5『新しい文学のために』大江健三郎
【面白さ・C】 大江健三郎が書いた書き手向け(のような気がする)の文学講座です。薄いし内容はやさしいのでわりとあっさり読めます。面白いのは「異化(フォルマリズム)」という小説技法についての節でした。いつも触れ馴染んだものを、改めて観察し直し、これまでとは全く別なもののように、新しいなにかを見つけたように描写することであるこの技法を、大江はかなり重視しているようです。
6『象』レイモンド・カーヴァー,村上春樹訳
【面白さ・-】 読んだんですが、なんにも覚えてません。そういうこともありますよね。
- 作者: レイモンドカーヴァー,Raymond Carver,村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2008/01/01
- メディア: 単行本
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【面白さ・D】 西尾維新の代表シリーズの一つ「物語シリーズ」の何作目か。既に数作前の『終物語』で物語としては決着がついているので、おまけ編という感じ。過去編だし、特にエキゾチックなものでもなく、語られていなかった物語を語っただけという印象が強かったです。イマイチ。
【面白さ・C】 「物語シリーズ」の、ちょっと変わった切り替え点になるような作品。本編時系列で高校三年生だった阿良々木暦くんは本作では大学を卒業し、警察官(しかもエリートコースで)になっています。
ぐーんと足を伸ばして、大人になった少年たちを描いてはいますが、やってることはシリーズを通してのお化け絡みのミステリー……、と思いきや、一人のキャラクターについては、ちょっと変わった斬り終えかたをしていて、シリーズを通して読んでいる者(本作を読むのはそういうひとしかいないと思いますが)、にとってはやや苦しいかたちではあるものの、成長することと、変わってしまうことの苦い部分を描くことに成功しています。そこだけはたいへんよかったです。
9「静かに、ねぇ、静かに」本谷有希子
【面白さ・B】 芥川賞作家・本谷有希子の新作短編集です。今年の「群像」に載ってたやつで、いまはしゃれた感じの単行本が出ています。
三つの短編で構成される本作に一貫した主題を、わたしは「不安と恐怖」であると読みました。うち一つ、「本当の旅」は、SNSに耽溺する人々をコミカルに描きながらも、その享楽的な生活のなかに見え隠れする不安、そしてラストに訪れる恐怖の爆発を息継ぎなしに走らせた絶品です。残りの二つも、また違った形の恐怖を、理不尽な旅行の中で芽生える妻のとある狂気、そして、貧窮とみじめさの中に生きる夫婦に訪れる怪奇を通して、丁寧に表現しています。おすすめです。
【面白さ・C】 またもや「物語シリーズ」。でも今年読んだ西尾では一番良かったかも。みんなのアイドル千石撫子ちゃんの、その後を描いた後日談的な作品ですが、この子の成長を見れたのは作品を追っていた価値があったかなという感じでした。
漫画家を目指す不登校少女の持つさまざまな性格が分断され、個々が自我を獲得しそれらが暴走を始める、というどこかでありそうな展開ですが、西尾維新らしい信念のロジックがふんだんに使われていて、締めも美しい、という味わいでした。
【面白さ・D】 コロンビアのノーベル賞作家・ガルシアマルケスの長編、「族長の秋」に加えて、『エレンディラ』の短編たちを合わせたものです。
「族長の秋」は孤独な独裁者が、哀れにもその権力にしがみつきながら、孤独に打ちひしがれ、また大国による圧力に苦しむさまを描いた泣きっ面に蜂みたいな小説です。『百年の孤独』にも通じるような生々しく暑苦しい情景描写(褒めてます)と、本作で著しく発揮された時間をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ難読の構成(けなしてます)が特徴的な作品でした。読み切るのに一ヶ月くらいかかりました。
- 作者: ガブリエルガルシア=マルケス,Gabriel Garc´ia M´arques,鼓直,木村榮一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2007/04/01
- メディア: 単行本
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【面白さ・C】 もはや説明するまでもない、日本を代表する児童文学作家(なんじゃそりゃ)の宮沢賢治、その短編集です。表題作「銀河鉄道の夜」は幻想的な風景を描きながら、その裏側にある死、「ひとのために死ぬこと」について、こどもの視点から見つめた悲しいお話です。十数個の短編が取り込まれた本書には、児童作家と侮るなかれ、どこか人間の卑しさや、関係の切なさについて思いをはせた作品があります。収録作の一つ「猫の事務所」は、賢治の見ていた人間のいやらしさが良く現れた作品でした。
13『車輪の下』ヘッセ,実吉捷郎 訳
【面白さ・A】 日本では「少年の日の思い出」でおなじみのヘッセ。ドイツの作家でノーベル賞も取ってるそうです。その代表作であるのが本作『車輪の下』です。田舎育ちの優秀な少年が、その優秀さゆえに、盲目的な統制が敷かれた厳格なエリート校での生活に心理的に押しつぶされてしまうという物語。エリート校での寮生活では、少年たちの繊細な心とその関係が丁寧に描かれており絶品です。『車輪の下』を読んでBL的妄想に耽溺するオタクは多いのではないでしょうか。主人公が打ちひしがれたあと、故郷に帰り、そこでの生活を続けるのですが、そこでのくたびれた心理や、エリート的成功から離れ、別の喜びを見つけようとする人間的振る舞いの描写もお見事。そしてなにより、結末にやってくるもの。人生一度は読むべき傑作です。
- 作者: ヘルマンヘッセ,Hermann Hesse,実吉捷郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1958/01/07
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14『愛について語るときに我々の語ること』
【面白さ・-】 カーヴァーの小説は印象が薄味です。それはきっと、彼の描くものの多くがある程度成熟した人間がやがて直面する喪失に関わるものであって、人生的経験に乏しい私には、どうにも、うまく理解すること・共感すること・「解釈」することができないからなのではないか……私はそんな風に考えています。 読んでも内容を忘れるということは、確かに人間にはあるのです。
愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)
- 作者: レイモンドカーヴァー,Raymond Carver,村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/07/01
- メディア: 新書
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15『日本的ナルシシズムの罪』堀有伸
【面白さ・B】 現役の精神科医・堀有伸が精神分析の理論から日本的な「空気」の問題についてその分析を試みる一冊。精神分析に馴れない読者にはやや難解かもしれませんが、内容としては興味深く、「なぜわたしたちは、みんなと同じでありたいのか。空気に逆らい難いのか。」という現代の致命的な問いについてのヒントを与えてくれます。青ブタの記事でも取り上げましたが、「空気の問題」の、その実践的な考察は、これからの私たちの、重要なテーマなのではないでしょうか。
【面白さ・D】 こちらも現役の精神科医・政治運動家の香山リカによる著作。現代日本のナショナリズムについて精神分析の理論からの分析……をしているのはそうなんですが、やや、内容が薄い。『ぷちナショナリズム』という著作において日本のナショナリズムの一面を引き出した香山ですが、こちら『がち』の方は、あんまり目の覚めるような話はしていません。
がちナショナリズム: 「愛国者」たちの不安の正体 (ちくま新書)
- 作者: 香山リカ
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/12/07
- メディア: 新書
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【面白さ・B】 村上春樹の短編集。春樹らしい意味不明さが全開です。波長が合えば面白いし、合わなければつまらない。ただ収録作「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」だけは文句なしに村上短編の傑作の一つと言えるでしょう。通りすがりの女の子は、もうまったく完璧に100パーセントのひとで、自分にはその子しかいないような気さえする。ただそれでも、私たちはすれ違うしかないのです。
18『暗夜行路』志賀直哉
【面白さ・C】 日本を代表する文豪、志賀直哉の唯一の長編です。文がうまいのでまぁ面白いんですが、なんとなく冗長。作家みたいなことをしている主人公がぶらぶらしながらぐちぐち悩んで、嫁さん貰って、そのあと風邪で死にかける話。志賀直哉は短編の方が面白い。
19『月と六ペンス』モーム,行方昭夫訳
【面白さ・A】 アメリカの大文豪、サマセット・モームの長編小説。実在の画家ゴーギャンをモデルに、どこまでも独善的で、そしてより良い作品を手掛けることに徹底する狂人的画家の姿を捉えた傑作です。天才画家ストリックランドの、ぎらぎらとした絵画への強烈な態度が彼の周囲の人々をひっかき回しながら、死の直前に描く絵の描写は、恐ろしく鮮烈で読み手を震わせるほどの力を持っています。あと聖人みたいな友達が出てきて、そいつも狂ってるみたいに無毒なやつで面白い。「キャラが立ってる」というのは、こういうことだなという感じがします。オススメです。
【面白さ・D】 ドイツの世界的小説家・ゲーテの作品。人妻に惚れこんだ若きプータロー貴族が、うだうだとその悩みを友達に向けて手紙として書き綴った体で進行する物語。くどいくらいに人妻をほめたたえ、そしてうまくやれない自分をこれでもかとけなす。そして最後には自殺。チョー夢見がちで、自分勝手な青年の哀れな失恋を描いています。強烈な失恋経験があるかないかで、彼に共感できるか否かというところあるかもしれませんね。
21『ねじまき鳥クロニクル 』村上春樹
【面白さ・B】 平成7年に完結した村上春樹の長編です。主人公は三十過ぎの男。突然妻が家から出て行って、戻ってこない。なんとか妻を探そうとするが、彼の周りに現れるのは奇妙な人々ばかり。過去と現在、幻想とリアルを行き来しながら、やがては巨大な悪意の存在と対決していくことになる物語です。どこか掴みどころのないような展開が続くかと思えば、強烈な象徴性をもって読者に何かを訴えかけようとする春樹的な物語手法がふんだんに織り込まれた作品です。また、本作は戦争(とくにノモンハン事件,1939年に起きた満州国とモンゴルとの紛争)に関しても多く言葉を用いているという点で、興味深いものがあります。
22「三つの短い話」村上春樹
【面白さ・B】 2018年の『文学界』七月号に掲載された村上春樹の短編。俳句趣味の女の子との思い出の話。久々に会う友人に家に招待される話。伝説のジャズ奏者をでっちあげた話の三本立て作品です。とくに三本目の、架空ジャズ奏者を主人公がでっち上げる「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」は不思議な味わいのあるどこか怪談じみた物語で、読んでいて楽しい一本でした。俳句の話はやや地味な内容ですが、三本とも面白いのでおすすめです。図書館で『文学界』のバックナンバー出してもらいましょう。
【面白さ・B】 ナショナリズム論の古典(?)作品。歴史学・哲学などに精通したイギリスのユダヤ人学者、アーネスト・ゲルナーによって1983年に発表されています。ナショナリズムとはいったい何なのか。どうしてこれが発生するのか……。などといった問題に歴史的視点からの応答を試みています。ナショナリズムというと『想像の共同体』の方が有名な感じもしますが、こっちの方が系統的にまとまってて読みやすいような気がします。まぁ両方読むべきなんですがね(かくいう私は『想像の-』にチャレンジして挫折しました)。
- 作者: アーネストゲルナー,加藤節,Ernest Gellner
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/12/22
- メディア: 単行本
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24『美しい星』三島由紀夫
【面白さ・C】 日本を代表する文豪・三島のSF作品。リリーフランキーとか亀梨和也とかが出て映画になって、有名になってたので読みました(ミーハー)。自分たちが地球外星人であることに目覚めたとある一家と、同様に目覚めたまた別の人々との対立を描いた作品。〈人間は善でありうるものである〉と主張する主人公一家と、〈人間は悪ゆえに滅ぶべきである〉とする敵集団の構成は、様々な物語において語られた人類永遠のテーマの一つです。三島による人類へのジャッジが行われた本作ですが、その結末、すなわち判決内容は、読者に委ねる手法がとられています。
【面白さ・B】 世界中の人間に愛されている福沢諭吉おじさんの自伝です。がきんちょの頃からほとんど死ぬ前くらいまでの、福沢のオモシロエピソードがピックアップされて紹介されています。留学中、ロシア人に「お前ロシア人になっちゃえよ」とスカウトされて断ったり、アメリカでちゃっかり自分だけ写真屋によってそこの家の娘さんと記念写真撮ったりと、なんだこいつな逸話がてんこもりで面白い。なんとなく当時の、江戸末期-明治時代の雰囲気を感じ取ることができて、しかも文章はかなりやわいので読みやすい。お勧めです。
26『斜陽』太宰治
【面白さ・D】 太宰治の中編小説。戦後の落ち目な華族の娘が、自分なりにいろいろ悩ませるがろくなことは起きないし、どんどん苦しい場所に追い込まれていく物語。なんとなく雰囲気は『若きウェルテルの悩み』に似てる。片思いの物語なので。そんなに面白くはない。でも短いしユーメーなので読んで自慢することはできる。
27『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー,野崎孝 訳
【面白さ・D】 アメリカの小説家サリンジャーの短編集。とくにつながりのない9つの物語が展開されます。どの物語も暗くて、しかもあまり語らない(情報を出さない)文体で描かれるので、読むのが難しい。解説を読んで、「ああ、そういうことなの」みたいなのが多いので、本作はかなりのリテラシーが求められるのでは……(文盲)。
【面白さ・B】 哲学者・内田樹による村上春樹論。かなり肯定的な立場から、村上春樹が語られています。「もういちど」とあるように、前作(?)とでも呼ぶべき著作『村上春樹にご用心』というものがあるようです。
村上春樹本人は、自身を論じるものをどういう立場のものであれ、あまり積極的には触れようとはしないし、そういうものから自分の小説を理解されることをよく思っていないところあるようなのですが、「ロジックで村上春樹を読んでみたい」と思う人にはお勧めの一冊です。
【面白さ・D】 「物語シリーズ」のニューシーズン・「モンスターシーズン」の第一作。大学生になった阿良々木くんの新しい仲間たちとこれまでの仲間たちの関係、そして過去の因縁からはじまる大きな物語の助走的位置づけの作品。阿良々木くんのように、吸血鬼になることを望みそうなったひとが登場します。ただし出来はいまいち。
30『ダンス・ダンス・ダンス』村上春樹
【面白さ・B】 村上春樹の長編小説。『風の歌を聴け』-『1973年のピンボール』-『羊をめぐる冒険』の三部作の続編です。デタッチメント(関わりのなさ)を主題においた初期(中期?)の作風で、どっちを向いても「わかってないひと」がたくさんいて、そのなかで「僕」やあるいはほかの弱いものが傷つけられている。という空気が常に流れています。そのなかで「やれやれ」ともがくこと、抵抗すること、打ちひしがれることを描いていますが、最後には「関わり」(コミットメント)を求めようとする主人公の姿が現れます。そのことは、村上がやがてこのコミットメントを物語に求めるようになる志向の前触れなのかもしれません。
【面白さ・B】 村上春樹の短編集。英訳版として編纂されたものを、日本語に戻した(あるいは村上自身が再翻訳し直した)一冊です。英題は”The Elephant Vanishes ”。
わたしが興味深く読んだのは「緑色の獣」という短編です。とある主婦のもとの奇妙な造形の獣が現れ、主婦は自らのうちから湧き上がる衝動からそれを残虐にも痛めつけるという物語。村上の長編にも立ち現れる暴力と「嫌さ」の一瞬を短編の呼吸で切り取った怪作です。
32『銀河ヒッチハイク・ガイド』 D.アダムス,風見潤 訳
【面白さ・A】 イギリスの作家D.アダムスのSF小説。高速道路の建設予定地に認定されていた土地に住む主人公は、ある朝突然、工事現場員にそれを告げられ、家から追い出される。そして、それとほぼ同時に、地球が宇宙バイパスの建設予定空間に位置していることが宇宙生命体によって告げられ、地球が一瞬のうちに破壊されるところから物語は始まります。上のあらすじからも分かるよう、SF的想像力によって人間の無思慮からくる前提や知能的傲慢を徹底的に否定する作風です。それらはコメディチックに描かれていますが、それでいて読み手に深く突き刺さる言葉で語られています。必読!
また同作者の小説『ダーク・ジェントリー 全体論的探偵事務所』を原作にしたドラマシリーズ「ダーク・ジェントリー」が現在Netflixで配信中です。めちゃくちゃ面白いのでこちらも観よう。これまで物語的ご都合主義と呼ばれてきたものを、物語の中で咀嚼して再構築していく手法は漫画界至高の傑作・「胎界主」(尾篭憲一)にも通じる方法論で、それそのものが「運命」に対するわたしたちの感覚を深く掘り下げてくれます。
【面白さ・B】 ガルシアマルケスによる長編小説。ファンタジーっぽいけど、どこかリアリティのある例の手法で描かれる相変わらず泥くさい濃厚な愛の物語です。十七・八のころに愛しの彼女に振られた主人公が、その後、時々よそ見をしながらも五十年間彼女を思い続け最後は……というあらすじ。強烈な性の匂いと、人間の全く洗練されない精神の原野を歩くような感覚に満ちていて、さらに時間をシャッフルして複雑に混ぜ込まれた構成になっている本作は読みごたえ抜群です。
- 作者: ガブリエル・ガルシア=マルケス,木村榮一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/10/28
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【面白さ・D】 不条理文学の代表作家のひとりとされるフランツ・カフカの短編集。意味不明の、救いのない、結末さえも曖昧な物語が断片的に提示されます。表題作「ある流刑地の話」(訳によっては「流刑地にて」ともされる)はそんな物語たちの中でもわりとわかりやすいものでした。
旅行者である主人公が地元の官僚に連れていかれたのは、とある処刑マシンが設置された流刑地。「これからそのマシンによって罪人に刑が下されるので、ぜひそれを見てくれ」と官僚によってマシンの解説が始められるのだが、マシンのセッティングが完了したそのとき、新しい王様の決定によってマシンの運用が廃止されたことが報告されます。残酷な処刑マシンと、それを設計し運営した先代の王に心酔している官僚の選択は……。
時代とそこに縛り付けられた人間の悲愴を暗示的に描いた一本です。
35『コンプレックス』河合隼雄
【面白さ・A】 ユング派の心理学者・心理療法家の河合隼雄による深層心理学の入門書。とくに表題の通り「コンプレックス」という概念について注目しています。ここでいう「コンプレックス」は劣等感のみではなく、人間の心の中で形成される複雑な心情のことです。好きだけど嫌い。尊敬しているけど、打ち倒したい。などという自分でも認めたくないような感情のことを指しています。
なぜ人間は頭では分かっていても、自分の心を制御できないのか。またわたしたちの現代生活では信じられないような心のふしぎを、どのように見つめればいいのかということについて、とてもわかりやすく河合先生が解説してくれています。必読!
【面白さ・C】 アルゼンチンの小説家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説集。実在しない本についての書評を本当にあるもののようにして書いたり、無限に続く図書館の中で彷徨いながら本を整理する人々のことを書いたり、「幻想的」を飛び越えた観念の世界で、想像力の限界に挑戦するような奇妙で短い小説がたくさん収録されています。おすすめは「死とコンパス」です。とある殺人事件において、その現場にキリスト教的な「見立て」の存在に気付いた主人公の捜査官が、知識と推理を活用して犯人を追い詰めるのだが……という物語。単純な推理小説のようですが、犯人のよって提示される一つのあっけない事実が、意味と価値の関係、そしてそのあまりにも不安定なさまを浮かび上がらせます。
37『ナショナリズムは悪なのか』茅野稔人
【面白さ・C】 政治学者・茅野稔人による新書。哲学にも深く踏み込んでいる研究者である茅野が、「ナショナリズム」とはどういうものなのか。そしてそれが今の民主主義の政治を持っている国々のなかではどういう意味を持っているのか。ということについてわかりやすく書かれた一冊。ただ、「ナショナリズム」の定義に関しては、ちょっと限定的にし過ぎて、それで自分の言いたいことを進めているような気がする内容。面白いことには面白いです。
新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか (NHK出版新書)
- 作者: 萱野稔人
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2011/10/06
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38「裏山の凄い猿」舞城王太郎
【面白さ・B】 舞城王太郎の短編小説。友達に「結婚できない」と冗談交じりに言われた主人公が、実家に帰った時にそれを親に相談したところ、なんと両親から「実はわたしたちはどちらもとくにお前を愛してはいないし、夫婦としても別に愛し合っていない」と宣言される。「人間を愛することができない因子を受け継いでいる可能性」に直面する主人公の懊悩と並行して、人間をさらい山に連れていく「蟹」にまつわる町の騒動と、「蟹」に連れされられた子どもを探すのを手伝ってくれる「喋る猿」の物語が交錯するごく短い短編です。意味不明だと思いますが、本当にそういう話です。
舞城らしい、俗っぽい語りで一気に感情を膨らませるうまさが全開になった作品です。「群像」2018年12号に掲載されています。
【面白さ・B】 説明するまでもない、ロシアの大文豪ドストエフスキーの長編小説。「自分は天才である」という自覚がある貧乏ながらも優秀な学生・ラスコーリニコフが、「世界を動かすような天才的人間がまったく理性的に、社会のために行うのであれば、殺人は許されるし、そのような才人は自分の行動に後悔さえもしない」という独特の哲学のもとに、非道な金貸し業を営む老婆とイノセントな(無実な)その妹を殺害するところから始まる物語です。様々なキャラクターたちが、帝政ロシアにおける階級と貧乏のなかにもがき苦しむ姿と、同時にそうした悲惨の中から生まれてくる「美しいもの」を懸命に追う人間が描かれます。やや複雑(特に人名を覚えるのが大変)ですが、一度は腰を据えて読んでいい作品かもしれません。
【面白さ・C】 哲学者・中島義道によるフリードリヒ・ニーチェ(ドイツの哲学者)の解説書(?)。「この本を読んで、ニーチェの思想から人生のヒントみたいなものを得ようとしてる奴、お前ら駄目駄目だからな」みたいな宣言から始まります。既存のニーチェ解釈を否定しまくって、「ニーチェの思想を本当に理解して実行できる人間は存在しない」まで言い切る否定否定否定の一冊です。明らかに入門には向いていない(というか中島は「入門書」の存在さえもけなしています)。「神が死んでいる」とはどういうことなのか。ほんとうの意味で「清潔」であろうすることは、どういう態度なのか。柔らかく噛み砕いているけれど、難解。
41『狭き門』ジッド, 山内義雄 訳
【面白さ・C】 フランスのノーベル賞作家、アンドレ・ジッドの代表作です。従姉に惚れこんだ文学少年が彼女に接近し、そして愛を誓いあうまでになるのですが、子供から大人になるまでの長い時間の中で、彼女の中に出来上った一つの観念がどこまでも二人を苦しめることになる、という物語。クリスチャンの感覚がふんだんに盛り込まれた作風と人間観から、やや現代の私たち日本人には理解しがたいところがあるものの、ラストの主人公と従妹の二人の応答については、文学的な表現の美しさが見事に現れています。
42『ブギーポップは笑わない』上遠野浩平
【面白さ・B】 上遠野浩平によるライトノベルシリーズの第一作。本作は西尾維新をはじめとする2000年代以降のラノベ系作家に大きな影響を与えているとよく言われます。初めて読んだのが高校生のころで「なんだこりゃ意味不明だ」という感じだったんですが、いま読むともーたまらん。第一章竹田くんのエピソードから最高です。
とある進学校にはびこる都市伝説。そして行方不明になっていく少女たち。一連の騒動を群像劇の手法で多視覚的に描いています。ライトノベル的な幻想ですべてを語りきるのではなく、あくまで人の領域に腰を落ち着けたリアリティある雰囲気から、ぼんやりと90年代後半の暗い部分の呼吸といまを重ね合わせることができます。余談ですが、本作にはちょこちょこと心理学の話が登場します。そしてその内容が、本記事でも取り上げた河合隼雄『コンプレックス』と重なっています。その辺に興味持たれた方は、ぜひ、『コンプレックス』も。もしかしたら、上遠野の呼んでるんじゃないのかな……?
43『グレート・ギャツビー』フィッツジェラルド, 野崎考 訳
【面白さ・B】 アメリカの作家スコット・フィッツジェラルドの代表作。主人公が越してきた高級住宅街のお隣さんは「ギャツビー」というひとらしい。正体不明で独り身。そして毎週のように盛大なパーティを開く。なぜかは分からないけど、どうやらそのギャツビー氏に気に入られたらしい主人公は少しずつ彼がどういう人間なのかを知っていくことになる……。冒頭にある父親の教訓からぐっと引き込まれます。そして物語終盤の現れるギャツビー氏の「抗議」は、読者から深い感傷を引き出します。
「ねぇ、親友、だれか味方をつかまえてくれなきゃ困りますよ。一所懸命やってみてください。わたし一人では、これは、とても切り抜けられませんからね」
フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』,P.229 ,野崎考 訳 ,新潮社 ,1989
【面白さ・C】 2018年最後を飾るのはイギリスの日系人作家、カズオ・イシグロの代表作です。2017年にノーベル文学賞を受賞したことで日本でも話題になりました。村上春樹と仲が良いらしい。『日の名残り』は戦後しばらくが経ったイギリスのとある老執事のお話です。没落貴族の財産処理の過程で、お屋敷ごと新しいアメリカ人の事業家に雇われることになった主人公が、ちょっとした旧友の手紙から、そのひとにあいに来るまで旅をする、というあらすじ。主人公は行く先々で過去の思い出に浸りながら旅を楽しみます。主人公の、かつての主人への忠誠はいまも消え去っておらず、第二次世界大戦の混乱の中、主人を支え続けた一人の執事の回想録として読むことも出来ます。そしてその思い出には、歴史の大きな流れに翻弄された人間の姿も見え隠れしています。
情緒的にも優れた表現が多数現れる本作ですが、わたしが面白いと感じたのはイギリス的な皮肉やプライドの保ち方が、執事や貴族というエスタブリッシュメントの立場から描かれ、ぱきっと際立っている点です。それらには日本の空気ともどこか通じるような感覚があります。読みやすい訳文ですので、お勧めです。
総評
いかかでしたでしょうか。以上がわたしが2018年に読み終えた本になります。今年のギブ・アップ本としては、岸田秀『ものぐさ精神分析』、フロイト『ひとはなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』、B.アンダーソン『想像の共同体』、J.ラカン『エクリ』などがありました。背伸びにもほどがある。
そろそろブログ初めて一周年というところで、まぁブログとしては数少ないんですが書きたいことはごりごり粗雑に書けているなという個人的な感触があります。
「輪るピングドラム」とか「UNDERTALE」についての記事は今でもちょくちょくTwitterで感想書いてくれているひとがいるので、やはりうれしい。ありがとうございます。今年は「ダーリン・イン・ザ・フランキス」も観たので、それもなんか長い話が書けそうだなと思ったんですが、やっぱりかけませんでした。
最近はTwitterでユーメーなオタク界隈の「に」の方や、SF百合界隈の「い」の方のツイートを追って「関係性」という深淵の端っこに頭を突っ込んでいます。近いうちにこの「関係性」について何か語りたいという感情があるのですが、やはりあまりにも広大なその領域に言葉をもたらすには、私の語彙と知能と経験にまだ不足しか見られないというのが現状です。精進します。
関係ない話が続きましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。読者がいると信じて書いています。来年も続けられたらいいですね。これ。