趣味としての評論

趣味で評論・批評のマネゴトをします。題材はそのときの興味しだいです。

『ハチワンダイバー』の哲学 ―将棋と泪と男と女―

 *『ハチワンダイバー』についての若干のネタバレを含みます。ご注意ください。

 

はじめに

最近、アレが流行っております。ブームが発生しております。

アレとはなにか。勿論「将棋」です。

 

今、将棋がブームなんて言うとどこからか「500年前からずっとブームだよ‼」という叱責が聞こえてきそうですが、それでもやはり、脂が乗ってるという意味でも、ここ最近の藤井聡太六段ブーム」は将棋史的に見ても、かなりキているのではないでしょうか。

また藤井聡太六段が現役中学生にして最年少プロ入り(四段昇段)を果たすその前から、じわじわと棋界のキャラクターがTVにも取り上げられてきました。「ひふみん」加藤一二三九段)や「ハッシー」橋本崇載八段)などを筆頭に、将棋棋士たちの愉快なパーソナリティがメディアに取り上げられ始めるようになっています。

今将棋界は波に乗っていると言えるでしょう。

 

そしてまた、この空前の将棋ブームによって、以前にもましてスポットライトが当てられるようになった界隈が存在します。

それはどこか。将棋漫画界です。

 

「将棋漫画か……オジサン月下の棋士しか知らないや」

3月のライオンめっちゃ面白いよ?」

『5五の龍』をすこれ」

 

様々な声が聞こえてきます。古今東西に無数の将棋漫画が存在し、それらが名局・名シーンを生み出していることは言うまでもないことですが、ここに一つ、将棋の枠を超越し、漫画の歴史に刻み込むべき特異な漫画が存在します。

皆さまもうお気づきでしょう。ハチワンダイバーです。

 

 

ハチワンダイバー』とは

 『ハチワンダイバーとは、稀代の天才漫画家・柴田ヨクサルによって集英社週刊ヤングジャンプに2006-2014年の間において連載された将棋漫画です。ヤングジャンプという青年漫画の一流誌に文句なしの連載を続け、また、2008年にはテレビドラマシリーズにもなっています。

改めて唱えなおす必要もないほどの、大人気漫画です。全35巻。

ちなみに筆者のオールタイムベストマンガであり、人生のバイブルにもなっています。

 

 

いったい何がスゴイのか?

それでは『ハチワンダイバー』の世界に踏み込んでいきましょう。将棋に興味がなくてもまったく問題ありません。描かれているものは「人生」そのものです。あらすじをここで述べる必要さえありません。全ては将棋によって進行していきます。

 

ここに『ハチワンダイバー』が一目でわかる一つのページを紹介します。

 

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*ちなみにこのシーンですが、「小指切断を賭けて将棋を指す」という賭博黙示録のような闘いに勝利した主人公でしたが、直後に発狂した敗北者とリアルファイトせざるを得なくなるという状況。テーマであるはずの将棋を無視した、最高にクレイジーな展開となっております。説教してる人は味方ですが彼は漢気MAXの気狂いなので助けてくれません。この後、二十年間将棋しかしてこなかった無職の男(主人公)vs.チンピラ将棋指しガチファイト繰り広げられます。そして主人公が到達した新たな境地がこちらです。

 

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写真の見栄えはともかく、この漫画の特徴がお分かりになると思われます。そう、この漫画は、見開きを駆使しコマ割りのほとんど存在しない一面において、超ドデカ文字による魂の哲学が語られる漫画なのです。

 

「ああ……そういうやつ。いわゆる一種のシュール系ね」

そう思った方もいるのかもしれません。違います。ハチワンダイバー』の素晴らしい点はこの魂の哲学だけではありません。

 

実は、作者・柴田ヨクサル自身が将棋の手練れなのです。またそれに加え、将棋の二大戦法の内の一つ、「振り飛車」の使い手にして今も将棋界の重鎮として存在感を放つ鈴木大介九段」(連載当時は八段)の棋譜監修という要素。

この制作陣から放たれる本作の将棋パートの完成度は他のどの将棋漫画に比べて傑出しています。

将棋がわからなくとも盤面で起きていることがなんとなく理解できるというまるで魔法のような体験を我々は得られるのです。

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戦法の探り合いから……

 

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とっておきの一手まで!

*ちなみにここでは、主人公は秘密将棋結社に誘拐され、「将棋独立国家」なる将棋を指すことだけが人生の目的みたいなオッサンばかりが詰め込まれた地獄(あるいは天国)にぶち込まれるというエキセントリックな展開が広がります。タイガーマスクみたいですね。

 

さっきから鼻血を出して将棋を指している青年が主人公・スガタくんです。なぜスガタくんはこれほどまでにボロボロになっても戦うのか? スバリです。彼は、ぽっちゃりとデブの中間地点にいるような女の子「受け師さん」にベタ惚れで、彼女の復讐物語を遂げる手伝いのために命を懸けて戦います。

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*「受け師さん」こと中静そよ。巨乳メイドという男の欲望を具現化したような存在。カワイイ。ヒロインでありかつ、作中最強クラスの将棋指しでもあります。「受け」というのは将棋用語で相手の攻めを防御することです。

 

「受け師さん」の存在からも明らかになるように、この『ハチワンダイバー』は壮大な男女の愛の物語でもあります。物語終盤ではついに主人公スガタくんとヒロインの受け師さんの決戦が始まり、この勝負を『ハチワンダイバー』におけるベストバウトとする意見が識者の間では有力です。この勝負を的確に表現した漫画史に残る名言がこちらです。

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 *地球上から集められた最強の将棋指したちが集まる最大の将棋トーナメントの決勝戦で対決する二人と、それを見守る師匠たち。ちなみに三コマ目の人は棋譜監修の鈴木大介九段をモデルにした登場人物「鈴木大介八段」です。

 

さらに『ハチワンダイバー』の魅力について語るなら欠かせないものが数々の破壊的なキャラクターたちでしょう。

戦闘能力が異常に高いヤンホモ

将棋の妖精(妄想)とおはなしができる漫画家

RCサクセションを聴きながら違法手術を行う医師

男性器が苦手な男の娘忍者

喧嘩が強いので終始イキるが将棋はそこそこの拳法家など、とんでもなく個性的な人物たちが多数登場します。

 

 

最後に

ここまで語ってきた内容では、ただ単純に面白い漫画でしかないわけですが、この作品だけが持つ唯一の特性のようなものが、実は存在しています。

 

それは「将棋主義」とでも呼ぶような徹底した将棋至上の思想です。将棋のもつ面白さに憑りつかれた人間しか登場しないので、とんど全ての人間が将棋の勝敗に絶対の価値を置いています。

 

また漫画作品ということである程度、人間本性を劇化したドラマティックな展開も見られるわけですが、この作品においては前述の「魂の哲学」が登場するものの、それは決して物語の終着点ではありません。

 

主人公がなにか平安の境地に達してお終いというわけではなく、ここには、おそらく柴田ヨクサル氏が抱いており、またこの『ハチワンダイバー』に、密か(しかし明らかでもある)に込めた一つの野望が読み取れます。筆者もまた、その野望に中てられた読者の一人です。その野望とはなにか?

 

 

 

それはここでは伏せておきます。なぜなら今回の記事は、考察ではなく、いちファンによるダイレクトマーケティングだからです。ぜひ読んでみてください。

ハチワンダイバー』の物語があなたの感性に合致するならば、自ずから物語が発するメッセージを受け取ることになるでしょう。

 

ここまであえて言及しなかった、作中もっとも強い感情で将棋を愛した彼の言葉を。